童心回帰
人の好みには、年と共に変わるものと、そうでないものとがあるらしい。
「三つ子の魂百まで」とか。子供の頃からの脂身嗜好が、定年を過ぎた今でも変わらな
い自分を少々持て余している。毎年の人間ドックでは脂肪肝の注意を受けているし、最
近、脂肪質の胆石が肥満して痛みだし、長年お世話になった胆嚢を切り落とす羽目にな
った。
一方、年と共に変化している私の好みの一つとして、音楽鑑賞があげられる。童謡・
唱歌で始まった私の好みは、ジャズ、映画音楽、演歌へと変化してきた。
高校、大学時代は、音楽に生の実感を求め、ビートがきいたジャズのリズムが私を虜
にし、サラリーマン時代は、映画音楽や甘いムード音楽に酔い、年を経るにつれて、男
女間の愛の機微を語る演歌へと変っていった。TVの歌番組も専ら演歌にチャンネルを
合わせていた時代もあった。
音楽の好みは、そのときどきの私の生き方に対する心理を、的確に表現してきた。
ところが、定年後は、この演歌熱もやや冷めて、若い頃敬遠していたクラッシックに
惹かれている。敬遠していた理由は明白である。ゆったりした鑑賞時間が持てなかった
ことや、あの変に気取った感じが馴染めなくなつたのだ。それが今では、妻同伴でコン
サート会場へしばしば出かけているし、自宅のCDケースは、いつのまにかクラッシッ
ク曲で満杯である。バッハを聞きながら、私の心は時空を縦横に駆け巡ぐる。観賞時間
がゆっくり持てることも一因だが、会社生活のしがらみから解放された現在、自由な心
とこのクラッシック音楽とが共鳴するものがあるからだろう。
しかし、どうやらこの音楽も、私の音楽鑑賞歴の最終ゴールではないらしい。
一昨年他界した母親のために、生前買い求めた童謡・唱歌のテープが、妙に私の心を
引きつけはじめている。最近、この種のテープを買い増した。私の音楽趣味は、すでに
童心回帰が始まっている。